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鉄欠乏性貧血:副作用で治療が続けられない!

鉄欠乏性貧血:いつ,どうやって治療すべき?

健診で指摘されることが多い「貧血」の原因は,特に女性の場合「鉄欠乏性貧血」が圧倒的に多数を占めます.健診で貧血を指摘され,病院でそのように診断されている方も多いことと思います.また,過去に鉄欠乏性貧血という診断を受けて鉄剤を始めたものの,吐き気や便秘・下痢などの有害事象(副作用)で治療をやめてしまい,そのまま症状もないので,毎年健診で指摘されても放置している方も大勢おられると思います.

別記事(「貧血のない鉄欠乏状態(Iron deficiency without anemia)」)にも記載しましたが,貧血の定義は次の通りです.

男性:Hb(血色素量) 14g/dL未満; 女性:Hb 12g/dL未満

また鉄欠乏性貧血の定義は,次のようになります.

男性:Hb(血色素量) 14g/dL未満; 女性:Hb 12g/dL未満 + フェリチン 30ng/mL未満

上記の鉄欠乏性貧血の定義を満たせば治療の適応と考えられます.また,「貧血のない鉄欠乏状態(Iron deficiency without anemia)」に記載したように,鉄欠乏症単独でも治療の適応です.仮に症状がないまま何年間も過ごせているとしても,さらに鉄不足が続けばいずれ症状が現れてくると考えられるので,検査で異常があるのであれば手を打つ方が良いと思います.

鉄欠乏性貧血の治療の柱は次の2点です.

1. 鉄欠乏の原因の同定
2. 鉄の補充

鉄欠乏の原因の同定

女性の方が男性に比べて鉄欠乏性貧血の頻度が高い(男性の約20倍)ことから想像されるように,月経が鉄欠乏の原因の多くを占めます.胃潰瘍や胃癌,大腸癌,ポリープなども出血を起こすため,鉄欠乏性貧血を引き起こします.また,女性の場合は子宮筋腫や過多月経なども原因となりえます.ただ,胃潰瘍や胃癌,大腸癌は,血便や黒色便など,明らかな出血で見つかる方が多いと思います.まず,内視鏡や手術での治療が必要になる貧血の原因を見落とさず,適切に治療することが必要です.

最近,病院では入院や検査はなるべく短い日数で終える傾向にありますので,病院で内視鏡をして,胃潰瘍などの出血が止まってしまえば,1回だけ外来で消化器内科の先生が診察して,血が止まっていたら通院終了になってしまいますが,あまりお肉(吸収率が高い鉄分源)を摂取しない方もいて,そのまま出血で出てしまった鉄分がいつまでも回復せず,貧血だけが続いているというケースもしばしば見られます(ちゃんとしたデータはお示しできませんが).

また,近年アスリート(特に,マラソンなどの耐久スポーツ)の鉄欠乏性貧血がスポーツ医学分野での世界的なトピックになっています.詳細は本稿では割愛しますが(別稿の「アスリートの貧血」をご参照ください),筋肉量の増加に伴うたんぱく質欠乏(トレーニングをし始めた時に多いとされる),激しい運動による毛細血管での赤血球の破壊,尿からの鉄の排泄量の増加などが原因と言われています.ただし,マラソンなどの耐久スポーツのトレーニングをしている方は,血液中の液体部分(血漿)が増加することで,検査上ヘマトクリットが低下する「偽性貧血」という状態が起こる場合があります.真の貧血との鑑別のためには,オフシーズンに採血をやり直す(偽性貧血の場合は,ヘマトクリットが正常化する)ことが必要です.貯蔵鉄を反映するフェリチンを測定することも必要です.

基本的には,鉄分は食べ物から摂取するものですが,前述したように,吸収率の高い鉄(ヘム鉄)は肉類に多く含まれています.そのため,ベジタリアン(ヴィーガン)は,鉄分が不足してしまう可能性があります.アスリートの場合,ダイエットで肉類を控えることによる貧血もあり得ます.ここで注意が必要なのは,鉄分の排泄と摂取のバランスが取れている必要があるということです.アスリートは,激しい運動で赤血球が毛細血管で破壊(溶血)し,ヘモグロビンが尿から排泄されることが鉄欠乏になる原因の一つとされていますが,一般人よりは鉄分の排泄が多いため,多めに鉄分を摂取する必要があります.他の原因でも同じ考えが当てはまります.

鉄分の補充方法

1. 栄養

経口摂取する鉄には「ヘム鉄」と「遊離鉄」があり,遊離鉄にはFe2+とFe3+があります.ヘム鉄の吸収率が最も高く,ついでFe2+,最後にFe3+となります.牛肉・豚肉・鶏肉・レバーにはヘム鉄と遊離鉄が含まれてますが,ベジタリアンの食べる食事には遊離鉄しか含まれていません.

鉄の吸収率は,その人の状態によっても変わります.例えば,健常人で5%〜15%,鉄欠乏状態で35%程度と言われています.他の鉄の吸収に関わるとされる因子は次の表の通りです.

鉄の吸収率をアップさせる要因 鉄の吸収率をダウンさせる要因
ビタミンC フィチン酸(豆類など食物繊維の多い食品に多く含まれる)
筋肉を部分的に分解して作られたペプチド シュウ酸(ほうれんそう, チャード(ケールの仲間、青い葉っぱ), ルッコラ, beets, 小麦, そば粉, 雑穀(キビ・アワ), アーモンド, ゴマ, チョコレート, イナゴマメ, 紅茶, 豆乳など)
発酵食品 野菜を部分的に分解して作られたペプチド
有機酸(クエン酸,リンゴ酸) カルシウム

表の右側に出てくる食品はベジタリアンの食事によく使われます.ここからも,ベジタリアン食が鉄欠乏性貧血を起こしやすいことが分かります.ただ,仮に右側の食品を使っていても,左側の食品もバランスよく含まれていれば,実際のところ鉄吸収にはあまり影響しないと言われていますので,左側の食品を食事に組み込んで,バランスよく摂取するのがよいでしょう.

しかし,記憶すべきなのは「食事だけでは,ほとんどの場合鉄欠乏性貧血を改善させるのに不十分である」ということとです.

2. 経口鉄剤

病院で出される鉄剤や,サプリメントの鉄剤のことで,鉄欠乏性貧血の治療の基本となります.

一番問題となるのが,有害事象で起こってくる消化器症状(吐き気,便秘,下痢,食欲不振など)です.一般的に,一度に摂取する鉄分の量が多いほど有害事象が強くなるとされています.よく使われるクエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア(R)など)は,鉄として1日50mg〜200mg,硫酸鉄徐放錠(フェロ・グラデュメット(R)など)は鉄として1日105mg〜210mgで使用されますが,80歳以上の高齢者を対象に,1日15mg,50mg,200mgの鉄剤を内服し,その効果と有害事象を検討した研究(Am J Med. 2005;118:1142–7)では,15mgがもっとも有害事象が少なく,鉄剤補充成功の割合は変わらなかったという結果があり,なるべく少量で継続することが,有害事象を減らしつつ鉄分を補充するための方法と分かります.日本では50mgより含有量が少ない製剤はありません(シロップや顆粒製剤にすれば調整できますが)ので,鉄剤で気分が悪くなりやすい人は,錠剤を割って飲むという方法がありますし,サプリメントはやや高価ですが,1日量が10mgぐらいですので,試してみる価値はあるでしょう(どのサプリがいいのか,データがないので分かりませんが,ヘム鉄のものが吸収率的にはよいと思われます).

ただし,特に有害事象がない人の場合は,1日40-60mg程度の内服が推奨されます.

また,最近鉄の吸収に関わる「ヘプシジン」という,鉄の腸からの吸収・マクロファージから血液への鉄の放出を抑制するホルモンの動きに着目し,鉄剤を内服して血中の鉄濃度が上昇すると,ヘプシジンが増加し,鉄の吸収の抑制が24時間以上持続するとする報告があることから,1日おきに鉄剤を内服するという方法も提案されています(実際にどの程度有効なのかは,まだデータがありません).

3. 注射製剤

内服製剤が有害事象でうまく使えない場合に使用します.注射製剤の有害事象として,一過性の味覚異常や頭痛,めまいや筋肉痛,発熱などがあると報告されていますが,重篤なものは非常に稀です.

現在,日本では含糖酸化鉄注射液(フェジン(R))のみが使用可能ですが,カルボキシマルトース第二鉄注射液の製剤も近日発売予定です.私が調べたところ,どちらの成分も効果や有害事象には大差がないようですが,日本では前者が1回に鉄として120mgまでしか投与できないのに対し,後者は500mg投与できるというところが主な違いとなります.鉄分がかなり欠乏している患者さんの場合は,後者がいい選択肢になるでしょう.ただ,カルボキシマルトース第二鉄注射液は低リン血症を来すことがあり,心機能の低下を引き起こしたり,骨軟化症を来すリスクがあるとされます.実際は極めて稀な有害事象ですが,鉄の過剰投与と合わせて,注意が必要な有害事象です.

鉄過剰症を防ぐために

6〜8週間毎に血液検査を行い,肝機能や腎機能,フェリチンをチェックすることが勧められます.特に注射製剤は投与した鉄が100%血中に入りますので,鉄過剰症を起こしやすくなります.鉄過剰症を来すと,ヘモクロマトーシスという病態になり,肝障害(肝硬変)や糖尿病,皮膚色の異常などが起こります.またヘプシジンが上昇することで,鉄以外の亜鉛などの微量元素の吸収が低下し,それが栄養障害を来す可能性があります.

鉄欠乏性貧血についての院長インタビュー記事

参考文献

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