血液

貧血のない鉄欠乏状態 (Iron Deficiency without Anemia)

貧血のない鉄欠乏状態で疲労する!?

一般の方からすると,”貧血”といえば,「ふらふらする」「血が足りない」「立ち上がってときにめまいがする」などの症状を指すことが多いと思います.ただ,医学的に「貧血 (anemia)」といえば,血液検査のヘモグロビン(Hb, 血色素とも書かれる)が,成人男子は14g/dl未満、成人女子や小児は12g/dl未満、妊婦や幼児は11g/dl未満であることを指します.

「貧血」の原因として,最多は何と言っても「鉄欠乏性貧血」が挙げられます.2003年の健康国民・栄養調査では,妊娠・出産可能年齢の女性のおよそ4分の1が鉄欠乏性貧血で,同じ年代女性の3分の1が「貧血を伴わない鉄欠乏状態」であったとされています.

「貧血を伴わない鉄欠乏状態」は,鉄欠乏性貧血の一歩手前の状態で,それ以上鉄分が不足するとヘモグロビンが低下し,実際に”貧血(症状)”を起こし得る状態です.ただ,「貧血を伴わない鉄欠乏状態」であっても,疲れたり,髪の毛が抜けるなどの症状が出ることがわかってきました.

鉄欠乏状態をどうやって診断するか?

具体的に,正常な体内の鉄総量は3〜4g,貯蔵鉄は0.8-1g(男性の場合10mg/kg,妊娠・出産可能年齢女性は5.5±3.4mg/kg)とされていますが,妊娠・出産可能年齢女性の7%が3.9±3.2mg/kgとされています.

貯蔵鉄量を推定するのに役立つ血液検査が血清フェリチンです.

貯蔵鉄(mg) = (8〜10) × フェリチン値(ng/mL)

通常の血清フェリチンは200〜300ng/mLですが,ややこしいことに,どの程度これが低ければ鉄欠乏なのかという基準はわかっていません.専門家の意見として,15ng/mL未満で明らかな鉄欠乏状態と言われていますが,15ng/mL以上であれば問題ないとは言えません.

貧血のない鉄欠乏状態に鉄剤内服で疲労回復するか?

この命題に対して,いくつかの研究が報告されています.

血清フェリチン 50ng/mL未満で貧血がない患者198名に対してランダムに鉄剤投与(硫酸鉄1日80mg)とプラセボ(偽薬.この場合,鉄剤に見せかけているものの実際には鉄は含まれていない薬)を投与したところ,鉄剤投与群で有意に疲労感が改善しました(Current and Past Psychological Scale for fatigueという疲労度を測る指標を比較したところ,鉄剤投与群で47.7%,プラセボ群で28.8%(p<0.01)).ただ,生活の質については差がなく,プラセボ群でも3割近くが改善しており,鉄剤投与群の効果にプラセボ効果(※「薬を飲んだ」という行為が心理的に作用し,実際にはなんの作用も薬でも効果が現れること)が含まれている可能性があります( 2012 Aug 7;184(11):1247-54.).

2018年に報告された複数の研究のメタアナリシスでは,鉄剤内服で主観的な疲労感は改善を認めているものの,客観的な身体能力の改善は見られなかったとされています( 2018 Apr 5;8(4):e019240. ).

上記の通り,貧血のない鉄欠乏状態では,鉄剤内服によって,客観的な身体機能の改善効果は見られないものの,疲労感の回復はある程度期待できるようです.

「鉄欠乏性貧血:副作用で治療が続けられない!」もご参照ください.

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